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2012年 06月 29日

返り咲き

しばらく薔薇が何も咲いていない時間が過ぎて
ポツポツ返り咲きが始まりました。

鉢植えの スイートジュリエット。
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 * * * * *

6/28(木) 母は入院しました。

その前の日、6/27(水)。

私が9時半ころに実家に着くと母は寝ていた。
元気がない。
あーあ嫌だ… 私は何にも出来ない… と言う。

この日は午前中に、入院のために必要な今かかっている
在宅医療の先生の紹介状をもらう予定。
最初、私が一人で先生の内科医院に行ってきて、と言っていた。

ところが、予定変更。
前々から気になっていた郵便貯金のこと。
子供達のことを思ったら出来るだけ預貯金はシンプルに
まとめておいた方がいいと思っていたらしい。
思い切って解約したいと言い出した。
自分が一緒に行けば、簡単に事が済むでしょう?
今なら、車なら、行けるから。

という訳で、郵便局へ行った。
解約、M銀行へ送金。スムーズに事は運んだ。

郵便局から内科医院はすぐ近くなので
母も一緒に先生の所に行った。
先生は、どうしたの~と驚いた様子で、
入院はまだ早いんじゃないか?と仰っていた。

私のために、皆に迷惑をかけて
周りが気の毒で仕方がない、という母のストレス。
母の強い希望を汲んで下さった。

郵便貯金の事、紹介状の事など
気になっていた件がスムーズに進んだせいか
母は、朝より元気になってきた様だった。

家に着くとまもなく叔母(母の妹)が来てくれた。
3人で、初物のとうもろこしやら叔母が買って来て
くれたお弁当やらお寿司やらでランチをした。

母は、とても元気になっていた。
そこへ近所の従姉妹も寄ってくれて
入院なんて、まだ早いんじゃない?
皆がそんな気持ちになっていた。


なのに、次の日。

なにか気になって昼休みに母に電話した。
朝から気持ちが悪いと、とても調子悪そうだった。
前日、出掛けたりお喋りしたりで疲れたかな…
と反省。

そして、夕方に兄からメールで近くの病院に
急遽入院したと連絡があった。
兄嫁からの連絡で会社を早退したらしい。

病室は個室しか空いておらず、でも入院できて
母は、ほっと安心した様子らしい。

さっき母の携帯に電話したら、元気な声だった。
念願叶って気が済んだってとこだろう。
個室で快適だわ。夕べもよく眠れたって。

今日、色々検査して貧血だと言われたらしい。
なるほど、自宅では食も偏り細くなっていたし
貧血にもなるかな。
点滴したり、病院食食べたりで、たしかに栄養環境は
改善されたからね。
最大のストレスもなくなったし。

昨日、兄が電話で言っていた。
入院したら本物の病人になっちゃう
んじゃないかと思って。
俺は、入院は嫌だったんだ。
でも、
先生は診察で、熱が出る度に体力は落ちていきます。
入院してゆっくり休んで体力回復したら
また退院しましょう。
って仰ってくれたらしい。
兄は思った。ホントに回復するの?

これから、どうなるのか?でもとりあえず
案ずるより産むが易し。
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by tatimaru-goro | 2012-06-29 21:24 | 徒然 | Comments(0)
2012年 06月 26日

かわいい蘭が咲きました。

今、母の家で咲いています。
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momopapaさんから頂いた蘭。
もう何年前になるかしら?
母は、毎年ずっと咲かせています。

先日は、お見舞いに来た叔母(母の妹)に
株分けして咲いたものを、あげたそうです。

 * * * * *

先週の金曜日 6/22 母は、また熱が出てしまった。

この日は、逗子の従姉妹(母の姪)が3人で
顔を見に来るという日。
前日、私との電話では元気そうで、姪たちの
来訪を楽しみにしているようだった。

逗子には、よく行ったわ。
と母が言う、伯母(母の姉)が嫁いだ所。
お産の手伝いに行ったり、
叔母(母の妹)が横須賀に入院した時は
母は逗子の家から妹の病院に通ったそうだ。

もう孫がいる世代になった姪たちとの
楽しい話が弾むはずだったのに。

従姉妹たちが到着した時、母は真っ青な顔で
一人ベッドに寝ていたそうだ。 
 (私は夜、従姉妹に電話した)

寝たままでゴメンナサイと言って、それでも
少し話をしたらしい。

従姉妹たちは、早々に引き上げ、その後母は
兄嫁、お医者さんを呼んだ。

熱は38.3℃。
解熱剤と抗生物質で様子を見ることにした。

もう救急車は呼ばないで。
大きな病院には行きたくない。
たくさん待たされるから。
けれど入院したい。すぐにでも入院したい。
と、言ったそうだ。
全部、皆に迷惑掛けたくない一心からの言葉。

次の日の土曜日。
私は、会社を早退して母の所へ行った。

私の住む横須賀と、母の住む藤沢の間には
鎌倉があり、ここを通過しなければならない。
今、鎌倉は紫陽花の最も美しい季節。
海岸線の道も、山の中の道も、小径も
大渋滞。
久しぶりに、あんな渋滞にはまってしまった。

やっとの思いで辿りついた。
母は、すでに熱も下がり落ち着いていた。
申し訳なさそうな顔をして、元気がなかった。
持参した京樽のお寿司を半分食べてくれた。

この病気になってからの母は、とにかく酢めし
が食べたいようだ。
お寿司ばかり食べたがる。

この日は、私が泊まった。

お風呂に入っている私に、母が言った。
ちゃんと、足の指の又も洗うのよ。
こんな状態でも、口うるさい母がいる(苦笑)。

寝る時、いつも兄が寝ている布団で寝るのは
遠慮したいし、面倒なので
ソファーで寝ていたら、なんと
夜中、母がゴソゴソ布団を持ちだして来た。

こんな時でも、親なんだな…
やっぱり、布団で寝るとグッスリ眠れる。
しんどい体なのに、本当にお母さん有難う。

日曜日の朝は、
アンパンを美味しいと言って食べてくれた。

アンパンで力が付いたのか、お風呂にも入った。
あーお風呂に入れて良かった良かったと
しきりに言っていた。

でも、この日の日曜日は殆ど寝て過ごした。
話す事も弱気なことばかり。
ちょっと機嫌が悪い感じ。
頭がおもくて、胃が重い、かったるい。

すぐにでも入院させてもらいたい。
皆もラクになるでしょう。
と、結局そういう事にいきつく。

兄と母と3人で、重苦しい空気の夕食。
茄子の煮浸し・にゅう麺を食べてくれた。

母の一番したいようにしてあげるのが
いい事なのか…
私は、横須賀に帰った。
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by tatimaru-goro | 2012-06-26 21:12 | 徒然 | Comments(2)
2012年 06月 21日

抱きまくら

抱きまくらで寝てるみたいな五郎です。
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めくってみる。
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毎晩、色んな所で色んな形で寝ています。

 * * * * *

昨日は、ゴロちちが母の所に行ってくれた。

午前中、二人で父のお墓参り。
その後 スーパーで買い物をしてから、お蕎麦屋さんでランチ。
母は、天せいろを頼んだらしい。

私と一緒の時は、お肉もの・油物は嫌だと言っていたのに
よほど調子が良かったのだろう。

最近は買い物も億劫らしく、私一人で行っていたのに。
二人で行ったなんて。

俺だと何買っていいか分からんからな。と言うゴロちち。
母は娘ムコとデートして楽しかったのかな?
たまに、ゴロちちを派遣するのもイイ事のようだ。

午後、母が昼寝中には庭木を刈ったりしてくれたらしい。
本当に有り難いです。
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by tatimaru-goro | 2012-06-21 20:26 | 徒然 | Comments(0)
2012年 06月 19日

わが家のベリー

ブルーベリー「ティフブルー」
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ブルーベリー「ウッタード」
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ジューンベリー
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実がなる植木は楽しみです。

 * * * * *

母は、ここの所 調子がいいように見える。
末期のすい臓がんだなんて、とても思えない。

以前に比べれば痩せたけれど、
よく喋るし、まあまあ食べる。

この調子がいい内に、何処かに連れて
行ってあげたい、と思う。

気候がいい内に、暑い夏が来る前に。

けど、家にいたいと言う。

温泉に行こうよ。と誘うと
大きなお風呂はコワイ。

鎌倉に紫陽花みに行こうよ。と誘うと
混んでて人酔いするから。

家で、そーっとしていたい。
思い出は沢山あるから、
家で写真見てる方がいい。と言って
引きこもっている。

6月1日に、救急車で運ばれた時以来
すっかり臆病になってしまった。
ガタガタ震えて、生きた心地がしなかったらしい。

先生に、これからもこういう症状はあるかも知れません。
って言われたのが気になっている様子。
調子がいい時に、調子に乗って歩き回ったのが
原因だと思っているらしい。

何処かに出掛けて、また熱がでたら嫌だ。
もう、あんな思いはしたくない。
救急車に乗るのも、もう嫌だ。
みんなを驚かせたくない。

だから、そーっとしていたい。
という事になってしまった。

もっともっと思い出たくさん作りたいのに…
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by tatimaru-goro | 2012-06-19 20:18 | 徒然 | Comments(4)
2012年 06月 12日

ピンクプロスペリティ

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今朝の雨が降る前の ピンクプロスペリティ。
今年の梅雨は、どうかしら?
シッカリ降るか? カラ梅雨か?
梅雨あけの後に、うだる暑さの夏が待ってる
と思うと、今日みたいに涼しい、ちょっと寒いくらいが好き。
でも、雨降りは好きじゃないけど。


 * * * * *

先週、やっと母の介護認定が通達された。
4月29日に審査を受けて、約1ヶ月半かかって
待ちに待った結果発表。

要支援 1
正直いって、ガッカリ。
病院の先生の診断書を加味し、母の様子をみて
くれるとの事、もうちょっと重く審査されると思ってた。

ま、母がしっかりして見えたって事は喜ばしい事か。
でも、週一回一時間のサービス。
って、何ができるのよ!

これじゃ何にもできないじゃん!
ろくに頼めないよ。
もっと来てもらう?お金かかっても仕方ないよ!
と、母に言ってみた。

いいんだよ。なんとかなるから。
こんな狭い家だもの、一時間で充分。
掃除だけしてもらえばいいよ。

ヘルパーさんに、色々やってもらおうと目論んでいた私は
そうは問屋がおろさない、という法則を思い出した。

母が無理をしないで、過ごせるように
家族も無理をしないで過ごせるように
できるだけ、よりよい生活が出来るように
考えなくちゃ。
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by tatimaru-goro | 2012-06-12 19:36 | 徒然 | Comments(0)
2012年 06月 07日

バイカウツギ

母の庭で咲いていました。
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漢字では、梅花空木 と書くそうです。よく香ります。

 * * * * *

昨日、母には嬉しい事があった。
来日中の従姉妹に会いに行ったのだ。

母には、母と同級生の日系ニ世の従姉妹がいる。
Y子さんは、シアトルに住んでいて、この1月2月に亡くなった
母の兄姉のお悔やみにと日本に来て下さったのだ。

高齢ゆえ、もう会えないと思っていたのが
思いがけない再会。
二人は抱き合い静かに再会を喜んでいた。

息子さん二人が連れて来てくれたとはいえ、
よくまあ遠路はるばる… 元気だな… 


母は、よくY子さんの話をしてくれたもんです。
母の叔母さん(私の祖父の妹)は大正時代に
結婚してすぐにアメリカに移住したそうです。
和菓子屋さんを営み、日系社会で上手くいって
いたらしく、時々帰国していらしい。

戦前、母とY子さんは一緒に小学校に通い
田舎ゆえアメリカンなY子さんはいじめられたとか
アメリカ風に改装されたY子さん一家の借家で
進んだ国アメリカを知ったそうだ。トイレとか。

そんな国・アメリカとの戦争でY子さん一家は
2つに別れ別れになってしまった。

Y子さんの姉T子さんが日本滞在中に結核にかかり
看病のため叔母も帰国し、闘病中に戦争が始まって
しまったのです。

Y子さんと父親は、アメリカ・アイダホの日本人収容所へ
入れられ、すべてを台無しにされてしまったらしい。
 昨日の話しでは、後に賠償金が政府から支払われ
 Y子さんは、それで車を買い、息子たちは釣り道具を
 新調したと笑ってた。

結局、終戦まで家族は敵国に別れていたわけで
とても辛かったと昨日も言ってた。

姉のT子さんには、なにやら日米間で悲恋もあったみたい…
ドラマみたいです。

ところで、昨日の母は元気だった。気合が入ったのか?
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by tatimaru-goro | 2012-06-07 21:19 | 徒然 | Comments(0)
2012年 06月 05日

あられ

ゴロちちが実生で作ったバラです。
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親が、「ひなあられ」 なので 「あられ」と名づけました。

 * * * * *

昨日、母は兄嫁に付き添われて病院へ検査に行った。

母は、検査の後の診察が始まるとすぐに余命を聞いたらしい。
1年未満。
先生は、そう答えた。

以前より、母はどの位生きられるのか気になっている様子だった。
でも私たちは、はぐらかしていたのだ。
兄嫁も、母がいきなり切り出したので驚いたらしい。

そして、その後の母の質問にも驚いた。
これからでも白内障の手術は出来ますか?

そうくるのか…

兄嫁からの連絡を受け、私は仕事中も頭がグルグルしていた。
なんて気丈な人だ。
でも、家について落ち着いたら、落ち込んでいるんじゃないか?
兄嫁も、変わらない様子だったけど、ショックは受けたと思うよ
と言っていたし。

早く帰宅して、母に電話したい。
余命なんて、当てにならないよ。 大丈夫だよって言いたい。
なのに、残業。 もどかしい。

8時過ぎ電話したら、お話中。
叔母と電話していたらしい。

電話口の母の声は、拍子抜けするほど元気だった。

1年未満って言われちゃったんだって?
単刀直入に聞いてみた。

あんまり長いと、みんなに迷惑かけちゃうからさ。
でも、子供としてはショックだったでしょうねぇ…

私は、声が詰まってしまった。
母は、私を慰めた。
逆になってしまった。


親戚でガンで亡くなった人達の名前をあげ
その人達より、母は年が上。
だから仕方ない。 
いいんだよ。 
母は、そう言っていた。
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by tatimaru-goro | 2012-06-05 07:46 | 徒然 | Comments(0)
2012年 06月 03日

ニオイバンマツリ

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名前の通り、この花は本当に良く臭います。

  * * * * *

4/25(水)
2度目のERCPのあと順調に回復していった母は、この日退院となった。

母の本当の胸の内は分からない。
分からないけれど、しっかりとしている様に見え安心した。
逆に、叔母(母の妹)に伝えないほうがいいような気がして
従姉妹(叔母の娘)に電話した。

従姉妹は分かった伝えないと言って、安堵してたように感じた。
やはり重荷だったようだ。
いつか母と叔母との仲で、自然に知れるまで、そっとしておこう
という事になった。

退院する少し前に、その叔母親子がまたお見舞いにきてくれた。

「〇〇ちゃん(母のこと)よかったじゃない。
 顔色すごくいいわよ。、私より足太いわ~」と笑っていたと。
Nちゃん(従姉妹)は知ってるけど、T子(叔母のこと)は
知らないみたい。と母は、言っていた。
それでいいんだよね。

退院する前日、母はシャワーを浴び、病院内の床屋さんで
サッパリと散髪してもらった。

そして退院から1ヶ月あまり。
夜は兄が泊まってくれて、毎日実家から出勤している。
(実家と兄の家は、徒歩で15分くらいの距離)

診察は在宅医療なので先生が定期的に来てくれている。
けれど、母は元気で病気なの?って思うほど。
先生の診察も、とても簡単なもので雑談で終始していた。

そんな小康状態が続き、母も自信が付いたのだろう
一人で歯医者さんに行ったり、先週は一人で歩いて
スーパーに買い物まで行ったらしい。

そして先週の金曜日(6/1)に異変がおきた。

昼頃から、悪寒があり発熱。 38℃ 吐き気。
母は兄嫁と先生に自分で電話できた。
すぐ兄嫁が駆けつけ、先生は夕方やっと往診。
先生の指示で救急車を呼び病院へ。

入院時の主治医が診察してくれたらしい。
点滴で熱は下がり回復。
色々検査の結果、発熱の原因は不明。

往診の先生は、また胆管がつまり炎症を起こして
発熱したと疑っての救急車指示だったらしい。
でもその可能性は否定された。

入院を覚悟して行ったのに、その日は夜遅く
帰ってきた。

私は、駆けつけもせず事の次第を聞くだけだった。
 (1日は町内会の新聞配りがあったから…)
兄一家が近くにいてくれて良かった。と、こういう緊急時は思う。

今日(6/3)やっと母の家に行ってみたら
すっかり自信をなくした母になってしまっていた。
主治医に、こういう事がこれからも有るかもしれません
と言われたのが原因。

発熱した時、一人でガタガタ震え、とても苦しかったらしい。
心細かったのだろう、もうあんな思いはしたくない。
もう無理はしない。
どこにも行きたくない。
こうして、そっとしておいて欲しい。
と、すっかり気弱に。

困ったなあ。
来週せっかく予約しておいた温泉宿もキャンセルしてしまった。
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by tatimaru-goro | 2012-06-03 21:58 | 徒然 | Comments(0)