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2013年 02月 18日

元気ですよ・続き

さかのぼり日記・・続き  **長いです

2/6(水)
この日は昨日から関東地方は雪の予報。
なので久しぶりにバスと電車(JR&小田急線)で母のところへ行った。
 
JR横須賀線は雪のため(実際は降らなかったのに)間引き運転。
1時間半くらいかかった。

到着すると、母は気分が悪そう。私を待っていたかのように、あげてしまった。
間一髪、汚さずに済んだ。

この一日は体調最悪な母だった。
38℃の発熱、吐き気、下痢。ぐったり。
でも、意識はしっかりしていて、話は出来た。
もう2週間も食堂に行っていないと嘆く。

運ばれる食事は、ほとんど食べれず私が食べちゃう。
ここのところのお気に入りは、ガリガリ君。

相変わらず、点滴は拒否している。
水分補給に、ガリガリ君が活躍。


2/10(日)
この日は、10時から町内会館の掃除の日。
張り切ってトイレ掃除しようと思っていたら、兄から電話。

母の排尿が止まってしまったと。
医師から、こうなると通常2-3日で… と告げられたらしい。
予定変更して、ゴロちちと母の所へ向った。

到着すると、既に叔母と兄がいた。
母は意外にも、シッカリしていて、
「一滴もオシッコが出ないのよ」と言っていた。

親戚が次々に見舞いに来て下すった。
母の実家の伯母(今年100歳になる伯母)も
会いに来てくれた。

母は、
「今日は11人も人が来たわよ。何か言われたの?」
と言った。
私、連休だからさ、と誤魔化す。 母はお見通しだ。

母の庭に咲いていた梅の花を飾った。
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2/12(火)
この前の日から、出来るだけ母の所に泊まることにした。

医師から、一般的には今の状態では、もって一週間です。
でも分かりません。そう言ったあと3ヶ月がんばった方もいます。
と言われた。
24時間ご家族が付き添うのは無理な話です。
無理せず、出来る範囲でそばにいてあげて下さいと
言われた。
たとえ最期に居合わせる事ができなくても
ご自分を責めることはありませんよ。
意識のある時、その時その時を大事に過ごせば
伝わりますよ。とも。
す~っと力がほぐれた気がした。

無理しないで、出来る範囲でやっていこうと、兄と話した。

母は、この日までに2回、管で導尿してもらった。
100ccしか採れなかったらしい。
ようするに脱水状態なのだ。


2/13(水)
朝、元気のいい看護師さんの口にせられてイヤイヤながら
トイレに連れて行かれた。
自室の3メートルくらいしか離れていないトイレだが
車椅子に乗って。
座って暫くしたら、なんと排尿排便の気配。
看護師さんが、「ほ~らね」っていいながら
膀胱のあたりをマッサージしたら、結構な水の音。

私はびっくり。
「出たね~」と言ったら、母はきまり悪そうだった。
綺麗に前も後ろも洗浄してもらって、良かった。
明日も、トイレマッサージしましょうねと言われた。


午後、叔母が来てくれたので、
私は、お風呂に入りたくて 今流行りのお風呂屋さんに行った。
大きなお風呂で、まったり。
泡風呂ですっかりリフレッシュできた。

おしもはスッキリしたものの、母の水分補給は大問題。
この日の夜は、最悪だった。
お水を飲んでも、吐き気がし苦しがる。
ほんの少しづつの水分では薬も飲めず、睡眠導入剤も飲めなかった。

そのまま消灯したが、ムカムカ気持ち悪いわ眠れないわで
悶々としてしまった。 
たまらず、12時に薬を飲むことに。
胃薬・睡眠導入剤・精神安定剤の3粒を1つづつ
少しのお水で飲む。
案の定、激しい吐き気。
でも頑張ってこらえた。 スタッフさんも一生懸命してくれた。

15分くらいで落ち着き、すぐにムカムカが消えたと言う母。
消灯したら、じきに寝息をたてていた。
薬ってありがたい。


2/14(木)
昨夜の悶々に懲りた母。
嫌がっていた点滴をすることになった。

点滴については、看護師さんと散々話し合った。
どこまでが延命行為か。
母は点滴は延命と思っている。
そうかもしれない、でも症状を和らげる事は延命ではない。

でも、今の母に、苦しい痰のからみや浮腫みが一切ないのは
点滴をしていないおかげ。
体が自然な状態なのだと思う、という看護師さん。
過剰な点滴は、腹水や肺、心臓にまで水が溜まる事もあるとか。

だから、ムカムカを取る為、最低限の量をやってみましょう。
と決めた。
母に告げると、半分は納得、観念したようだった。
かすかに、こっくりうなづいた。

一日250ccの点滴は効果テキメンだった。
その日から、吐き気が止まった。

この日の母のランチはハートコロッケ。
もちろん私が食べちゃった。
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2/17(日)
母の顔色は、とても良くなった。
私が行けなかったあいだ、従姉妹や叔母やゴロちちの話では
声も張りがでて元気だという事だった。

けれど、この日の母は寝てばかりな気がした。
話すことも、すっかり減った。

看護師さんによると、貧血のようだ。
もう体を起こしていられない。起こさない方がいい。
トイレに座ることも危険。

ろくに食べていないのに、排便がある。
初めて見る真黒な軟便。 

母が排尿したいというので、看護師さんが導尿してくれた。
点滴をしているので、450ccくらい採れた。
コップ2杯と少し。
最後の少しの尿を見て、と看護師さんの仕草で
軽いショック。
最初の2杯とは違う、膿の様な色の尿だった。

母には、もちろん便や尿の色形は告げていない。
でも、母は言った。
「私、そうとう重病なの?」
私「そうみたいよ」
と、言ってしまった。


この日の夜、面白い事があった。
点滴のおかげで、薬を飲めるようになった母。
8時に消灯したあと、眠っていたら11時頃 うわ言を言っている。

なにを言っているのか分からなかったが、あまり長く言っているので
顔を近づけて聞いてみた。

母「チョコが食べたい」
私「???」
ついに、おかしな事を言うようになったのか…
お粥もたべるのを嫌がっていたのに、チョコなんて。

母「引き出しの下にあるから、Aさんにあげたでしょ。
  同じチョコがあるから」
私「え?」
 
本当にあった。

喉に詰まると大変なので、少し口に含ませた。
母「丸ごと入れて」
私、それは怖い。半分口に入れた。

その後、母「クッキーが食べたい」
私「?!!」
母「引き出しの下に、Hさん(母の実家のお嫁さん)が持ってきてくれたのがあるから」

あった。

少し、食べた。

母は、チョコもクッキーも思ったほど美味しくなかったらしい。
味がわからなくなっているのだ。
でも、真夜中に突然、どうしても食べたくなったらしい。不思議だ。

直後、また排便があった。
真夜中のオムツ交換。 大変なお仕事。
でも、あざやかに速やかにこなす。ありがたい。

その後、7時半まで母はぐっすり眠った。


2/18(月)
「お母さん、おはよう」と言ったら
「また朝が来たのね。困った…」と言う母。


ちょっと前から、母のお気に入りにリンゴジュースが加わった。
母の実家のお嫁さんが絞って持ってきてくれた。
冷たくて甘い液体がいいようだ。

本当は、しょっぱい物が食べたいらしい。
でも、しょっぱさが全く感じなくなってしまったようで
おせんべいを舐めさせても味がなにもしないと言う。
かわいそうに…

母に浴衣を着て貰う事にした。
買ってこようと思ったら、看護師さんがおウチに持ってないかしら
と言われて、母に確認。
和ダンスにある。と回答。

早速探したら、いにしえの浴衣が3枚もあった。
スタッフが洗ってくれて、明日から浴衣着用の予定。

母も、スタッフさんも、少し楽になるかな?
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by tatimaru-goro | 2013-02-18 21:28 | 徒然 | Comments(0)
2013年 02月 17日

元気ですよ

すっかり、ブログの更新をおサボりしてしまって…

私も五郎も家族も、みんな風邪もひかず元気です。

母も… 
母の体が病気を堪える姿に驚き、
生命力の強さにやっぱりねって思っています。

さかのぼり日記。

2/3(日)
この日は町内会のお餅つき大会。
朝から忙しい私に代わって、ゴロちちが母の所に行ってくれた。
ありがたい。

春らしい切花を持って行ったけど、ありがとう…
と言うだけで、花をめでる余裕はないようだ。
吐き気と折り合い付けながら、おじやを2口くらい食べるだけ。
すっかり寝たきり。

町内のお餅つきは大盛況。私も良い気分転換が出来た。
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小泉進次郎さんが、駆けつけてくれた。
豚汁を2杯食べ、海苔餅、納豆餅をモリモリ食べてくれた。
国会で忙しいだろうに。 みんなで激励した。
大事な税金、公平に大事に分配します。というような事を言っていた。
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by tatimaru-goro | 2013-02-17 08:12 | 徒然 | Comments(2)